始まりは愛犬の散歩中

去年の夏、今は亡き我が家の初代犬「ぼたん」さんを母が散歩させていたときのことです。母から私に電話が入りました。

保護施設からやってきたメスの雑種 ボタンさん

「どうしよう。後ろから犬がくっついてくる!」

急いで迎えに行ってみると。ジャラジャラと重たい鎖を引きづりながらボタンさんの後方5m程のところに、薄茶色の柴か、柴が入った雑種らしき犬がいるのです。

全く、脇目も振らずについてくるのでボタンさんも若干引き気味です。

以前の私であればかわいそうだと思いながらも、家族が反対するので保護をしたとて家に連れて帰るわけにもいかず、迷い犬を見かけてもスルーしていました。

しかし、ボタンさんを迎えた今、迷い犬を見て考えるのはその後のこと。あの犬をここで私が見放したらどうなる?またうろついて、車道に出て、ひっきりなしに走る車の波を運よく避けても、日中35度にもなろうかという酷暑の中また歩き続ける。

うちには予備のリードも首輪もある。いざとなったらしばらく面倒を見れる体制もある。

降りかかる困難からあの迷い犬を守るべく重たい鎖を持ち上げてこの迷い犬を保護することにしたのです。

首輪と虫除けだけの犬

オスの彼はボタンさんより少し大きめで見た感じは体重10〜15㎏ほど。全体的に薄汚れていて劣化した赤い首輪をしています。その上にはホームセンターで売られているような虫除けの首輪も重ねて付けられてこれまた汚い。

鑑札や狂犬病予防注射済票はなく、首輪の裏を見ても名前や住所がわかるようなものはありませんでした。

引きずってきた鎖の先には鉄製の杭が。どうやら外飼いの犬が何かのきっかけで鎖を杭ごと引っこ抜いて逃げてしまったよう。

久しぶりに人間に構ってもらったのかは分からないが、私が近づくと喜んで飛びかかってきます。

その時、尻尾をブンブン振って喜ぶ彼を見ながら思いました。

「怖い!!!!どこの犬だか知らないのに触ってしまった!!!!怖い!!!!」

何も知らない恐怖が中村を襲う

なぜか私は昔から迷い犬を見かけるというか、ついて来られるというか。単に田舎だからかもしれませんが、よくおうちから逃げた犬を見つけることも多く、それに対して何も感じませんでした。何も感じないどころか「ラッキー!ワンちゃんだ!!触りたい!」と思って自ら接触しに行く程でした。

でも、今は我が家には犬がいます。だから思うのです。

この子はもしかしたら何かの感染症にかかっているかもしれない。何かは分からないけど、なんか薄汚れているし外で飼われていたようだし、清潔に飼育されている感じはしない…。

もしボタンさんに何かうつてしまったら一大事。感染症のリスクはなくても、もし私が今、興奮状態の彼の前に手を出して噛まれたら。

どこの誰かもわからない犬を前に、あらゆる不安が頭を駆け巡ります。途端に目の前の犬に触れることをためらいました。

しかしここは道路の真ん中。私に向けられる彼のパンチをなんとか避けながら我が家の敷地内に連れて行きます。家の中に入れるのはどうしてもできず、日陰になる場所に係留して待機してもらうことに。

真夏の昼間。相当喉が乾いていたのか、差し出した水はすぐに飲み干してしまいました。お腹も空かせていたとは思いますが、彼が日頃何を食べているのかわからないし、食べられるものに制限があるかもしれないと考えて飲み水だけに。

この日は土曜日で役所も開いていなかったのですが、なんとか当日中に担当の方に来ていただいてこの迷い犬は保護されました。
その後、数日のうちに飼い主さんの元へ返還され、大事に至ることなく迷い犬騒動は幕を閉じました。

犬に対して持ってしまった不信感

犬は大好きです。ヒトは苦手ですが犬への人見知りは全くありません。これまでの人生を振り返っても犬に対して嫌だと思うことなんて一回もありませんでした。

ですが、ボタンさんと暮らすようになってから動物を飼うことの本質がよく見えるようになりました。

動物を飼うということは管理することと、社会への責任を果たすことであると。

なぜ私があの迷い犬に対して不信感を持ってしまったのか、怖いと感じたのか。

それはあの子が安全な犬であると思えなかったから、安全な犬である証明がなかったからなのです。

汚れて清潔には見えない体、劣化して千切れそうな首輪、引きずった鎖。どれも飼い主がこの子に手をかけて大事にしているとは思えませんし、基本的な管理を怠っているように見えます。

基本的な管理とは、餌と水をあげて、散歩に行けばいいというわけではありません。

安全な食事と新鮮な水を与え、清潔で暑さ・寒さから守られた快適な寝床を用意。こまめな身体のチェックで病気を防ぎ、飼い主との触れ合いで精神衛生を保ち、遊びの欲求に応えてあげる。家の外に出たらリードを離さない。人に、他の犬に迷惑をかけない。

これが適切な犬の飼い方で、管理をするということです。そもそもこうして脱走していることが、きちんと管理できていない証拠です。

そして迷子札も鑑札もない。外で飼育しているならせめて迷子札付けとけよって。

狂犬病予防注射済票もないので、この子は狂犬病予防注射してないの…?という不安。日本は狂犬病清浄国であることは頭では分かっていても、いざ目の前になんの情報もない迷い犬がいると、恐怖感ばかりが膨れ上がって行きます。

犬の畜犬登録と狂犬病予防注射は法律によって決められています。法律を守ることは社会の中で、犬たち・犬の飼い主が仲間に入るための大前提だと私は考えます。

この迷い犬は決して悪くはありませんが、安全な犬である要素はあまり見受けられませんでした。

リスク管理は見える状態にして初めて機能する

脱走したということは、飼い主の目の届かない範囲へ出てしまったということ。飼い主の管理下にはないという状況です。誰も迷い犬の説明をしてくれる人はいません。

あの迷い犬の飼い主がもしも、不安がる私の前に現れて「ワタシは正しい飼い方でこの犬を管理しています。きちんとシャンプーはしてるし、狂犬病予防注射も毎年受けています。」といっても、なんの説得力もありません。

目の前の犬は汚いし、鑑札も狂犬病予防注射済票も付けていないのですから。

とある海外ドラマのワンシーンで、登場キャラクターが迷い犬を見つけてこう言うのです。

「うん、ちゃんと登録札はついてるし、予防注射もしてるね」

その後この犬を飼い主が見つかるまで預かろう、と言うのです。つまり、登録札とおそらく狂犬病の予防注射をした証明があることでこの迷い犬へのある程度の信頼と安心が生まれるのです。

もし登録札がついていなければこの犬は追い返される流れになっていたかもしれない…とフィクションではありますが、詳細の分からない犬がどうやったら受け入れられるかをわかりやすく描いたシーンだと思います。(脚本家はこんな考察の仕方をされてるとは全く考えていないと思うけど…)

つけよう鑑札・狂犬病予防注射済票!

ペット先進国と言われる日本ですが、ペットの飼育頭数が多いだけで、ペットが社会の中に受け入れられているかと言うとそうではありません。

公共交通機関では手荷物品扱いで、一緒に移動できるのはまず小型犬のみ。ペットと一緒に入れるお店も少なく、盲導犬さえも入店を拒否されたケースがあるほど。ペットの生態販売をするお店は多いのにその後のアフターケアをする施設、例えばペットスクールや高品質な預かりサービスは少ないです。災害時の自治体の対応も、ペットと共に暮らす人にはあまり優しくありません。

こんなにペットがいる国なのにウェルカムな空気感はないように感じます。それはなぜか。

犬のせいではありません。

犬を管理できない飼い主のせいです。

所構わずマーキングをしてしまうのは犬のせいではなく、マナーベルトやおむつをさせない飼い主のせい。

ギャンギャン鳴いて周囲に迷惑をかけるのは犬のせいではなく、社会化をさせてこなかった飼い主のせい。

こんな管理のできない飼い主が増えると、社会は一括りにして「犬を飼っている人」を見始めます。

よく知らない犬なら尚更。

社会はどんどん犬と、飼い主を遠ざけてペットが暮らしにくい国になっていくのです。

これを避けるには犬たちを「きちんと管理していますよ」という証明が必要になります。

その第一歩であり、大前提なのが鑑札と狂犬病予防注射済票です。

きちんと自治体に畜犬登録をして鑑札を交付してもらいましょう。狂犬病の予防注射も毎年必ず受けて、狂犬病予防注射済票も毎年更新しましょう。

万一迷子になってしまった場合は、鑑札がついていれば返還までがスムーズで、誰かの所有物である証明なので殺処分されることはなく保護されます。

どちらも持っているだけでは何の役にも立ちません。首輪につけて、初めて信頼のおける犬になるし、命を守ってくれる盾となるのです。

安全な動物であるという証明をすることが、犬たちと飼い主が社会から信頼を得る方法なのだと考えさせられた迷い犬保護騒動の話でした。